大豆生産と有機栽培技術を巡る事情
大豆生産を巡る課題
国産大豆の現状と課題
我が国で消費される大豆は、近年油糧用需要の減少から、食用、飼料用、種子用を含め平成21年時点では370万tを切っている。需要のうち68%は搾油用、22%が食用に供され、残りは飼料用などである。食用向けのうち、最も多いのが豆腐・油揚用(全体の49%、このうち国産割合は29%)、で、次いで味噌・醤油(同17%、17%)、納豆(同13%、24%)が続く。
内国産大豆は平成21年時点では23万tで、自給率は6.5%に過ぎないが、食用に限れば自給率は28%である。国産大豆は割高であるが、海外産輸入大豆の大部分が遺伝子組換え大豆のため、根強い需要がある。「食料・農業・農村基本計画」による平成20年の生産目標では60万t(作付面積ベースでは300千ha)へと大幅な生産拡大を目指しているが、作付面積、単収ともに停滞したままの状態にある。
この状況を打開するには、国産大豆が抱える生産量や価格の変動の問題に加え、品質が不安定なこと、ロットが小さいこと、1,2等比率が近年6割程度にとどまっていること等の問題の解決が必要とされている。
かつて大豆は「畑の肉」と呼ばれたように、普通畑で作付けするのが一般的であったが、昭和45年に始まった米の生産調整以来、転作奨励作物として推奨され、補助金単価も優遇されてきたため水田転作での作付けが増加しており、今日では作付面積(平成21年145千ha)のうち転換畑が85%(北海道57%、都府県92%)となっている。
大豆の栽培条件は、普通畑と転換畑では多くの点で違いがある。大豆栽培で最も影響が大きい点は圃場の透・排水性であるが、普通畑では播種から苗立ち期の乾燥対策や開花期以降の灌水が、水田転作では播種から苗立ち期の湿害対策が技術上の大きな課題である。
大豆の単収は気象条件による影響を色濃く受け変動幅が大きいが、ここ10年間の平年単収は低下傾向にある。このうち、北海道の平均単収は230㎏/10a台と我が国ではトップで、九州と関東がそれに次ぐ160kg/10a前後であるが、単収は低下傾向にある。
このような事態は昭和60年代から起きており、例えば、従来富山県は大豆の10a当たり収量が200kgを超えていたが、これが急速に低下してきたことから、転作大豆による連作障害や地力消耗によるのではとの疑念が浮かび上がった。このような動きが全国に広がる中で、農林水産省は平成14年に大豆300A研究センターを発足させ、Aクラス品質の大豆の300kg/10a収穫を目指した技術開発をスタートさせた。このことによって開発された技術は、平成20年産大豆では全国で21千haに、21年産では27千haに増加しているものの、その普及率は全作付面積の2割弱という状況にある。
大豆の栽培・経営を取り巻く諸環境
大豆の栽培には日平均気温13℃以上で、積算温度2000℃が必要とされている。南北に細長い日本では北から南に向かうほど栽培可能期間が長くなる。北海道や東北北部では播種期の幅は小さく、南関東から東海、九州にかけては播種期間の幅が広く、前後作との関係で地域毎に多様な栽培形態がある。
大豆の生育条件からみた地域区分としては、農業技術体系(作物編6ダイズ基81)では、第1地域:北海道のほぼ全域(生育可能日数120~140日、1作/年)、第2地域:北海道南部~東北北部(140~160日、1作/年)、第3地域:東北中部~東北南部、東山地方、北陸の内陸部(160~180日、3作/2年~2作/年、ただし実際は1作/年が多い)、第4地域:東北南部~北関東、北陸の沿岸部、山陰の一部(180~200日、麦作との2作/年)、第5地域:関東南部、東海、近畿、山陽、九州北部(200~220日、2~3作/年)、第6地域:四国、九州南部(220日以上の多毛作地帯)の6地域に分類している。
現実の大豆の栽培場面では、このような生育条件に他の作物と組み合わされた作付体系や梅雨・台風の時期、病害虫の発生状況が加味されて、地域性のある多様な栽培形態があり、地域の気候や食文化に適した多様な品種開発も進められてきた。
大豆は発芽、苗立ち頃が過湿に最も弱いため、早期に梅雨前線が掛かる九州でも播種期は制限される。また、南方では台風等の気象災害に加えて、害虫の発生による被害も多い。さらに近年、温暖化現象とともに豪雨や高温、長期干ばつなど異常気象による生育障害の発生もあり、国を挙げての大豆の本作化などの取組が行われているが、生産は不安定で国産大豆の供給力は停滞したままという実態にある。
さらに、営農形態によっても求められる栽培技術要素は異なる。国産大豆で比較的単価の高い煮豆、惣菜用大豆の需要は約3万t(12%)しかなく、多くは販売単価が15,000~17,000円/100kgの豆腐加工用に向けられている。単収200kg/10aとしても10a当たり粗収入は30,000~34,000円/10aと低く、転作大豆では各種助成金が加算されても概ね70,000円/10a程度の粗収入である。そのため煮豆用の小面積栽培では中耕管理機や手作業によるていねいな中耕、培土が可能であるが、作付規模が大きい加工大豆生産では粗放的な管理になりやすく、殺虫剤、殺菌剤、除草剤に対する依存度が高い。
有機大豆作の生産状況と生産技術に関する認識
有機大豆の生産状況と技術問題への対応
「有機農業基礎データ作成事業」(平成22年度、MOA自然農法文化事業団、農林水産省助成事業)の結果によれば、現在、有機大豆の生産量(有機JAS認証分を含めた推計値)は1,169tで、国産大豆総生産量の0.51%と推計された。
また、有機栽培の慣行栽培に比べた減収率は、有機JAS格付大豆では23%、非有機JAS大豆では12%であり、調査対象農家から聞き取った慣行栽培による販売価格との対比では、有機JAS格付大豆が50%高、非有機JAS大豆が37%高であった。
有機栽培による大豆生産量は、総大豆生産量から見れば極小さいが、今回行った全国の約20戸程の有機大豆作農家の事例調査での印象をみる限り、雑草問題や病害虫問題を克復する栽培管理に意欲的に取り組んでおり、独自の加工・販売戦略によって再生産可能な経済栽培を目指した努力が図られていた。
大豆を取り巻く多様な諸条件の中で、技術的課題は地域により異なるが、大豆の有機栽培者は少なく、有機栽培向けの技術開発もほとんど行われていないため、栽培技術は各地での個々の農業者によって試行錯誤が重ねられてきた。大豆の生理・生態に基づく基本的な栽培技術は慣行栽培でも有機栽培でも共通であり、有機栽培農家は各地域の気象条件、土壌条件、営農形態、作付規模、販売・流通戦略等に応じて、多様な技術的対応をとっている。
従って、有機大豆作を始めたり、栽培技術水準をさらに上げていくためには、地域でとられている標準的な技術指針に基礎をおきつつ、同時に地域での先進的な有機栽培者の技術を参考にして栽培技術の組み立てを行っていくことが基本になる。
有機大豆作に対する技術面からの認識
有機大豆作の単収は極めて低く、作柄変動が大きいことが定説になっている。大豆作において病害虫対策として威力を発揮している化学合成農薬を使用しなかった場合の生産への影響を示したデータである。この調査は慣行栽培と有機栽培を比較したものではないが、化学合成農薬の効果が見てとれる。
また、(独)農研機構中央農業総合研究センターで行った有機栽培と慣行栽培の大豆比較試験では、同一時期の作付けでは開花期は変わらないが、成熟期は極小粒品種で0~3日、中大粒品種で3~8日程度、有機栽培で遅くなったとしている。そして、収穫期の主茎長、全重、子実収量及び精子実収量は、一部を除いて全般に有機栽培区で低い傾向にあり、被害粒率は有機栽培区で高かったとしている。
有機栽培の大豆が低単収である要因は、端的には化学的に合成された肥料や農薬が使えないため、害虫及び雑草の制御が難しいためであり、特に害虫の大発生や雑草抑制対策の失敗により潰滅的な打撃を受けた例はよく聞かれる。この背景には栽培環境や栽培管理の不適切さや、近年は温暖化による条件変動の影響もある。しかし、有機大豆作の事例調査結果からは、発芽や雑草対策等の基本技術さえ外さなければ120~180kg10aという慣行栽培並みの単収を上げることは十分可能なことが確認できた。
特に、先進的な栽培事例では地域平均を大きく超える事例もみられ、有機栽培イコール低収ではないことも確認できた。むしろ有機栽培では、栽培管理が意欲的に行われており、雑草の制御に失敗した時か害虫の大発生時を除いては周辺の慣行栽培と変わらない状況が見られた。ただし、有機栽培でも200kg/10a台の単収を安定的に上げようとすると、より積極的な技術の改善が必要になる。
大豆は粗放型作物であり、地力に対する依存度が高く、化成肥料による増収効果はそれほど高くない。その意味では有機栽培に適した作物とも言える。大豆の生産性は地力と根に共生する根粒菌の働きに依存しているので、寒冷地などの限られた条件を除けば施肥による差は小さいとみられる。
有機栽培の大豆は慣行栽培に比べ、概して節間が短く、着莢位置が低い傾向がある。これは低地温時には有機物の分解に伴う窒素の放出量が小さく、初期生育時の節間伸長が小さいためであるが、コンバイン収穫を行う場合には収穫ロスが多くなるほか、汚染粒の発生が多くなることがある。